「10倍」の困難を知っているからこそ。社名とミッションに込めた「10X」の想い

2022/9/16

10Xの社名にも掲げられている「10X」とは、そしてミッションの「10xを創る」とはどういう意味なのでしょうか。現在注力している小売チェーン向けECプラットフォーム「Stailer(ステイラー)」では、どのように「10xを創る」を達成しようとしているのでしょうか。改めて、CEOの矢本(@yamotty3)に聞きました。

矢本 真丈

@yamotty3

10X Founder, 代表取締役CEO

2児の父。丸紅、NPO勤務、ECスタートアップ、メルカリを経て現職。育休中に家族の食事を創り続けた原体験から、食の課題を解決するプロダクト「タベリー(2020年クローズ)」を創り、石川と10Xを創業。

「で、どうやって10倍にするの?」と問われ続けたNPO時代


ーはじめて「10x」という言葉を意識したタイミングはいつだったんでしょうか?

新卒で入社した総合商社を退職し、東北の震災復興を支援するNPOで働き始めた頃です。当時、Googleがパートナーとなるプロジェクトを担当しており、一緒に仕事をする中で耳にした言葉でした。特に、当時GoogleマップのPMをされていた河合敬一さん(現Niantic プロダクト責任者)がよく口にされていました。

当時はプロジェクトで協働する東北の事業者を開拓していたのですが、僕が「今週は7つの事業者を開拓できました!」と報告すると「すごいね!で、どうやって10倍にするの?」と問われたり、「こういうことをやりたいんです」というと「それは本当に10x(テンエックス)するの?」と言われて。

そんな簡単にいかないだろう、と最初は思っていたのですが、メンバーの集まる場で「みなさん平気で10xとか言うけど難しくないですか?」と疑問をぶつけてみると「今結果が出ていることと同じやり方を続けても、1.5倍にはなるかもしれないが10倍にはならない。でも10xするために何をやるべきか?ということを考えると、やり方自体が変わるんだよ」と言われました。実際、創業期のGoogleは検索トラフィックを手書きの模造紙に描いていたが、あまりに成長が早すぎるためにそのスケールが指数じゃないと追いつかなくなったという有名な逸話もあり、説得力がありました。

10X CEO 矢本(@yamotty3

ー「10x」という言葉は日常的に使われていたんですか?

はい。本当にGoogleのメンバーはみんな「10x」という言葉をよく使っていました。特にコミュニケーションする機会の多かった河合さんはハーバードでMBAを取得後、GoogleにジョインしGoogle Mapの立ち上げをされていた方ですが、最初はこの世にある色々な地図をひたすらスキャンするなど地道な積み上げをされていたそうです。こうした一見スケールしない取り組みの後にGoogle Mapというプロダクトを10xさせてきた経験を持つ方の生々しい言葉は貴重でした。

アイデンティティを表すために社名変更を決断

一念発起し、社名変更を決意

ーどうして”10x”を社名に掲げることにしたのでしょうか?

NPOの経験から4年ほど経った後に起業したのですが、最初の社名は当時創っていたプロダクトの名前で『株式会社ミルコ』だったんです。ただ、リリースに向けて準備を重ねるうちに商標が取れないことが判明し、プロダクトの名前を『タベリー』に変更。同じく社名も『株式会社タベリー』にしました。当時、C向けのサービスをやるならサービスと社名が一致していることがセオリーと言われていたので、ひとまずそれに従いました。

しかしその後、事業について議論しているときに「この会社はタベリーをやっていくための会社なんですか?」と聞かれて、「いや、違うな」と思ったんです。そこで「我々が長期的にやるべきことはなんだろう?」と自問自答を繰り返した結果、「この会社がやりたいことは非連続な発明をすることだ」「タベリーはその手段の1つではあるが、タベリーがすべてではない」と思い至ったんです。

そう考えると、社名には会社のアイデンティティとなる目標や、大事にしたい仕事の進め方、目指すものを掲げたほうがいいなと考え直し、社名変更をするに至りました。共同創業者である石川さんと一緒にアイディアをいくつかホワイトボードに書き出し、一番しっくりきたのが『10X』でした。

1人目の社員である石田さんに社名変更を伝えた際のメッセージ

ー今その決断を振り返ってみて、どうですか?

短い起業人生の中で、いまのところ一番いい意思決定の1つだったと思います。タベリーからStailerに事業は変わりましたが、「10XはStailerを運営することが目的の会社ではなく、”10x”を成し遂げる会社である」ということが一発で伝えられる様になったと思います。この会社が何なのか、何をしたいのか、会社としてのアイデンティティを投影している点はすごく気に入っていますね。その後、投資家とのコミュニケーションが始まった際も「目指すものの大きさ」がすぐに伝わりやすくなりました。

初見だと読みづらいとか、電話で社名を伝えるときに伝えづらいとか、多少のトレードオフはありますが(笑)

ーちなみに社名の10Xの「X」は大文字ですよね。これはなぜ?

私の記憶では、Googleで使われていた10倍という意味の「10x」は、xが小文字で形容詞として使われていたんですよね。なので、Xを大文字にした「10X」は固有名詞、「10x」は形容詞という使い分けで社名は10Xとしました。

使われなかったプロダクトの反省から生まれた「実在する人の課題」

ーミッションを決めたのはいつ頃でしたか?

シリーズAで資金調達を行ったころです。当時は、タベリーというプロダクトはあったものの、今後どのような事業にするのか、探索を重ねていた時期でした。会社としてはまだ何をやるのかは不安定でしたが、拠り所となるミッションを定めて「これをやる会社である」と明示したかったんです。投資家からみても、10Xはずっとタベリーをやる会社なのか、それとも時が来たらさらに大きなことをやる会社なのか、ミッションによって、対外的な見え方も違うな、と考えて意思決定しました。

ー「10xを創る」というミッションを以下のように「『実在する人の課題』『技術の適応』『巨大なマーケット』の交点」と分解したのは、いつごろだったんでしょうか?

現在のミッション


明確には覚えていないんですが、以前からの考えを徐々にブラッシュアップしてきた感じです。最初のプロダクトであるタベリーのリリース直後に公開した「Day One」というブログ記事に、すでに今のニュアンスと似たことは書かれていると思います。

決して良いアンテナをもっているわけではない。ただ誰にでもある小さな気付きを見過ごさない、というだけかもしれない。そんな課題に「こんなプロダクトならうまくやれる」と想像を巡らす。アイデアはすぐにテキストにする。チャレンジしたいアイデアがそうやって溜まっていく。 「実在する人の課題」「マーケットの歪み」「世の中からのヒキ」。この交点を見つけると、すぐに手を動かしたくなる。一緒にやろう、と人に声をかけたくなる。プロダクト「後」の世の中に空想が広がる。( 矢本のブログ Day One より


ーなぜ「実在する人の課題」という言葉を置いたのでしょうか?

僕自身は起業前にも数年間PMの仕事をしていましたが、実は、自分が作ったサービスがものすごく伸びた経験は残念ながらなかったんです。

10Xを創業する前、独学でプログラミングを勉強して「ワカリ」という教師の悩みを解決するクローズドチャットのサービスを友人と作りました。自分の親が教師だったので、教師の課題は理解できるかな、と思って作ったのですが、まったく使われなくて......。当時を振り返ると、顧客の課題を理解していなかった、「この世に実在する課題」に対してプロダクトを作っていなかったな、という反省がありました。

また、共同創業者でCTOの石川さんも、起業前まで、複数の会社でたくさんの新規事業に携わってきたけれど、クローズしてしまったりして、現在まで大きくなったプロダクトがないと言っていて。新規事業って、そう簡単に世の中に残らないんですよね。当時から石川さんは一貫して 「社会的なインパクトがあるもの」「世の中にきちんと残っていくもの」「長期的に見て価値があるもの」に時間とリソースを使いたい、という強いマインドセットを持っていました。

ーそれで、実際の課題が解像度高くわかる領域にアプローチしようと決めたのですか?

そうです。逆に、「トレンドだからこの分野でプロダクトを創る」「コストが低く作りやすいからこれをやる」といったアプローチは自分たちらしくないし、やらないとも決めていました。

タベリーは「斜めの角度から入るような解決手法になっていた」

ー最初のプロダクトである献立推薦アプリ「タベリー」は、ミッションの条件に合致していましたか?

タベリーは私自身の育休中、食事の準備が大変だったという経験から生まれたので、まさに「実在する人の課題を解決する」の実践で、課題をきちんと感じながらプロダクトに落とし込めました。実際にタベリーを必要としてくれている人がいるな、というのはアプリを継続使用してくださっているユーザーの方の数や、SNS等での反応でも感じていました。

「技術の適応」面では、モバイルアプリ開発の簡易化とGCPというクラウドのインフラのおかげでクイックに立ち上げることができたことに加え、コアであるレコメンド(推薦)の技術も一般化が進んだことで、最適な技術でプロダクト作りが出来たのも良かったです。

ただ、3点目の「巨大なマーケット」という点には上手くタッチできていませんでした。リリース初期は、課金プランである「タベリープラス」というハイエンド機能も搭載していました。しかし顧客からの申込みが少なく、お金を払ってまで使いたいものではない、ということはリリース後1ヶ月ほどで分かりました。管理栄養士にチャット相談できる機能の開発なども進めていましたが、「食の情報」に対して払われるお金は、市場全体を見ても数億円程度しかないのでは?ということに気付いてリリースを辞めました。これは巨大なマーケットとは言えないな、と。

タベリーのリリース時の画像


ータベリーを創る中で気づいたんですね。

タベリーの挑戦で改めて分かったのが「小売事業者側の課題を解決しないと、消費者の問題は解決できない」ということです。自分自身も、2回の育休取得で毎回ネットスーパーを使い始めるのですが、「配送枠に空きがない」「欲しい商品がない」「UIが使いづらい」「期待通りのサービスレベルでない」などのペインが多く、利用が続かなかったんですよね。

「食品小売市場のEC化」という課題を解決したいと思っていたけれど、そこに対してタベリーは直球ではない、斜めの角度から入るような解決手法になっていたと今振り返って感じています。

「食品小売市場のEC化」を解決するべくStailerが生まれた

Stailerはミッションの3つの条件が揃った事業。巨大なマーケットに挑む

ーその後、Stailerに至るまでの流れを教えてください

タベリーをやっていた頃から、目指す世界は「生鮮食品を当たり前にECで購入できる」ことでした。当時からネットスーパーを展開している事業者もいたのですが、会員登録の難しさや配達枠が少なすぎる、等、先ほど挙げたようなペインのポイントは依然として変わらず、サービスとしては成熟していない状況でした。

当時タベリーというプロダクトがあったからこそ、献立アプリからの展開としてイトーヨーカドーなどの大手小売事業者とのコミュニケーションパスを開拓することができました。そして、彼らがなぜネットスーパーの課題を解決できないのか、ということも解像度が上がってきたことで、ネットスーパーの立ち上げ・運営に必要な機能をプラットフォームとして提供するStailerの構想にいきつきました。最初は「EC SaaS」と呼んでいましたね。「実在の人の課題」「技術の適応」「巨大な市場」が揃う交点を徐々に発見していったような感じです。このときタベリーにこだわらず、すぐにピボットできたことは2番めに良かった意思決定でした。
(参考:タベリーからStailerへ

ーStailerはミッションにどのように当てはまるか、改めて教えてください

まず、「実在する人の課題」として、小売業者にとって、ネットスーパーは立ち上げが大変・そして正しい運営品質を維持するのが大変で、悩みの種ということが挙げられます。顧客体験としても、ネットスーパーはまだ一般に普及しているとはいえず、使い勝手も不便な点が非常に多いものになっていました。

「技術の適応」としては、タベリー同様クラウドとしてGCPの活用に加えて、Stailer開始時にはモバイルフレームワークでFlutter、サーバーサイドにDartを採用してフルDartで開発するという意思決定をしました(※)。プラットフォームとして複数のパートナーのアプリを立ち上げるコストがかかりますが、Flutterの採用のおかげで迅速にアプリ・ Webを立ち上げることができています。当時はエッジが立っていた技術選定でしたが、これも非常に10Xらしい意思決定だったと思います。振り返るとこの意思決定から巨大な便益が得られており、石川さんの技術的経営の視点が光る1シーンだと思います。

現在はフルDartで開発を行っている


「巨大な市場」については、現時点では「巨大になるであろうマーケット」、という言い方でもいいかもしれません。特に日本における食品・日用品やスーパー、ドラッグストアのEC化はまだまだ黎明期です。今後拡大することは確実だと考えています。

※関連記事:
「なぜDartなのか」CTO石川が技術選定に込めた想いとその背景
【Android出身エンジニア集合】フルDart体制ってどうですか?座談会 | 10X, Inc.
【iOS出身エンジニア集合】フルDart体制ってどうですか?座談会 | 10X, Inc.

ー今後Stailerをどうしていきたいですか?

ネットスーパーの歴史は20年ほどですが、まだまだ正解に行き当たっていない世界です。そんな中で、 Stailerがプラットフォームとして新たな答えを見つけていきたい。そしてStailerを導入いただいているパートナーが、ネットスーパーではなく事業全体のレベルで成功するようなプロダクトにしていきたいです。それは、自分たちの目先の数値が大きくなることよりも、ずっと大事なことだと考えています。

「人に投資し、長期的な視点を持つこと」が成長ドライバー

ー10Xは長期的な目線で事業に取り組んでいます。改めてなぜでしょうか?

スタートアップが事業を成長させようと思った時に、調達した資金で買えるものはなにか?という問いがあります。この問いに対する答えは投資アイテムとも言え、殆どの場合人件費か広告費です。しかし10Xの事業は広告費で成長できるか?というとNoだと考えました。広告費を使ってネットスーパーのユーザーを突然集めたとしても、供給のキャパシティを急拡大できるわけではない。パートナーが急増するわけでもない。

だから10Xは人に投資する方法を選び続けています。人の採用から成長、アウトプットまでの道筋は、長期的に見るべきですし、焦りがあっても上手くいかないと思います。10Xが会社として成長していくためには、できるだけ長い目で考え、働きやすい環境を作り、社員の第一選択肢であり続けられるような会社をつくるほかにないと考えています。

10Xが今の事業を成長させることができるのは、人に投資をし、長期的な視点を持つこと。長期的であることだけが成長を作る要因である、と考えています。また、この考えは小売市場をマーケットとして捉え、Stailerを作ると決めた時に強く感じたことでもあります。

オフィスで議論を交わす様子


ーミッションに従うと、今後Stailer以外の事業を始める可能性もあるのでしょうか?

まずStailerの事業は時間がかかるものだと考えていますし、Stailer自体が毎年非連続な拡大を進めている最中です。なので、今すぐに次の事業を考えているわけではありません。

ただ、次にチャレンジする「実在する人の課題」は Stailerを通じて得られたものである可能性が高いです。例えば、食品小売のEC市場に比べてオフラインの市場は10倍以上ありますが、そこにもまだまだ課題はありますし、この領域で10Xへ期待を寄せていただいているパートナー企業もいらっしゃいます。
確かな課題があり、10Xがやる意義を見いだせるものは、私たちにとって次の種になるかもしれません。
エンドユーザーやパートナーと接する中で既に見えている課題があるならば、それを解かない理由はないですから。

ー10Xが取り組んでいることは難易度も高く、時間もかかるし大変な事業ですが、矢本さんが取り組む理由を教えてください

個人的には、事業をやることを通じて、社会とのつながりを感じられることが何よりも大事かもしれません。

自分の起業の原体験として、東日本大震災の当時、仙台に住んでいて被災した経験があります。当時大学院生だった自分は「社会に対して何もできなかった」という無力感が強く記憶に残っています。

いまは起業し、自分や自分と近しい人が抱えているだろう社会の問題に向き合い、解決に向けて日々尽力しています。より良い方向に向かえている、ということが重要で、それにかかる時間軸の長さや難易度は、私にとってはあまり重要ではないんです。この会社を人生をかけたチャレンジにしたいという思いは固まっているし、そのくらいの時間を誰かが賭さない限り、この市場に変化をもたらすことは難しいという実感もあります。であれば自分がその機会を担いたいなと思います。

直近、コロナ禍での社会の変化はもちろん他人事ではないし、ネットスーパーへの社会インフラとしての期待は急騰しています。そんな中、Stailerという事業を通じて、社会の一員として貢献できている手応えは感じられますし、10Xという船に乗ってくれた仲間と同じ目標に向けてチャレンジできることが大きなやりがいですね。

オフィス近くでの10Xメンバー

ー最後に、矢本さんはいつまで10Xをやっていくんでしょう?

経営能力を失うまでやりきりたいと思っています。私の居場所は10Xなので、ずっと、長く続けていきたいです。

ーありがとうございました!

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