10Xの“事業や財務の今”についてCEOと株主で話してみた
「しばらく新規調達していないけど、事業や財務の状態は健全なの?」
「なんでソフトウェアエンジニア採用に注力しているの?」
採用候補者をはじめ、様々なステークホルダーから日々いただく疑問に、10Xの株主でもあるDCMベンチャーズの原健一郎さん(@kenichiro_hara)と、10X代表の矢本真丈(@yamotty3)に答えていただきます。最近のスタートアップや小売業界の市況、そして10Xの事業や財務の実情とはーー?
日本、中国、イギリスにおけるeコマース、資産運用サービスでの事業開発、プロダクトマネジメント、ブランディング・マーケティングの経験を活かし、原はDCMにおいて金融、B2C/C2Cのマーケットプレース、シェアリングエコノミー、不動産などの、大きな市場をターゲットにしたB2C/C2C、中小企業向けビジネス領域での投資を担当。
丸紅株式会社、NPOを経て株式会社スマービーの創業から売却を経験。株式会社メルカリ子会社にて新規事業のプロダクトマネージャーを経て、10Xを創業。
コロナ禍前後で、スタートアップを取り巻く市況はどう変化した?
──まずは、グローバルな市況というマクロなところから聞かせてください。新型コロナウイルスの流行により、スタートアップを取り巻く環境はここ数年で大きく変化しているのでしょうか。
原:コロナ流行時、みんながオンラインで会議や買い物をするようになり、ソフトウェアやSaaS、ECサイトを開発するスタートアップがどんどん事業成績を伸ばしていきました。その結果、VCにはどんどんお金が集まる時期が続きます。
少しずつオフラインの生活に戻っていく中で、まずアメリカのスタートアップから状況が変化していきました。コロナ禍の影響で急上昇していた成長率がコロナ禍前の成長率に戻り、傍から見ると成長が止まったように見えた。また、同時期に金利が上昇した影響もあり、これまでのようにVCにお金が集まりづらくなりました。その結果、アメリカのスタートアップは調達のペースが大きく落ちることに。
こういった背景から、グローバルではスタートアップの見方に変化がありました。2020年、21年には成長率の高い企業が好まれていましたが、今は“筋肉質”な企業が好まれています。
ただ、日本ではアメリカほどの”コロナバブル”がなかったからか、現在も引き続き、スタートアップがお金を集めやすい状況が続いていますね。
矢本:とはいえ、日本でSaaSの開発をしている上場企業のマルチプル(※ 株式価値に対する売上・利益・純資産などの特定の指標の倍率)は、明確に落ちていますよね。上場を目指しているスタートアップは、グローバルと同じ見られ方をしていると捉えたほうが良い。10Xでもグローバルの評価に順応すべきだ思い、割と早い段階から「バーン(資金を費やして)してトップラインを伸ばす」のではなく、「筋肉質な会社にしていくこと」に重きを置いた経営方針を出していました。
──直近では、テック・ジャイアンツなどのレイオフが大きなニュースになりました。
原:グローバルで見ると、スタートアップは資金調達をしたらまずたくさんの人を雇います。アメリカでは、コロナ前後で組織が10倍になった会社も多いんです。「良い人」という情報だけで、直接話さずに内定を出すケースすらあった。しかし、事業の成長が鈍化したら人が余ってしまい、現在多くの企業でレイオフしています。
一方で日本は、コロナ前後関係なく採用に慎重な企業が多いですよね。海外と比べて「社員を解雇しづらい」という法的な背景もありますが、採用を「仲間を増やす」「家族を増やす」活動と捉えている経営者が多いことも影響しています。先程、「日本のスタートアップは今でもお金を集めやすい状況が続いている」と言いましたが、そこには日本の雇用状況も関係していると思っています。
矢本:まさに世界的に“コロナバブル”が起ったとき、外資系小売企業が資金調達して人員を増やして、次々と日本に参入してきましたよね。でも今見渡すと、すでに日本の事業を縮小・撤退している企業も多い。それを間近で見たことで、10Xも含めた日本のスタートアップは、採用により慎重になったと思います。
──しかし、2年半前は社員数20名程度だった10Xは、現在は120名を超え、組織が大きく拡大しています。矢本さんはコロナ禍の人員計画をどう考えていたのでしょうか。
矢本:社員数の変化だけを見ると、先程話のあったアメリカのスタートアップのように、コロナ禍でたくさん人を雇ったように見えるかもしれませんね。でも、事業の伸びと比較すると、かなりタイトな人数構成でここまでやってきているんですよ。
10Xの直近のオフサイトの様子。メンバー数は120名を超えました
コロナ禍の2020年にStailerを始め、2021年に現状のプロダクトに落ち着くまでは、とにかく人が足りなくてしょうがなかった。エンジニアやデザイナーなどプロダクト側の人はもちろん、エンタープライズのことを深く理解できる事業開発側の人材も少ない。このままでは、案件は取れてもサービスをデリバリーできない状態に陥る恐怖感がありました。
PMF(プロダクトマーケットフィット:サービスが特定の市場において適合している状態)した事業を成立させるために必要な役割と人数を計算して、採用していく。2021年に作った人員計画は150名だったのですが、その後金融市場が落ち込んだりして、さらにタイトな人数でやる必要が出てきた。そこから計画を引き直して、なんとか事業を成立できるギリギリが今の120人程度の状態ですね。
原:スタートアップの経営って、経営者の性格が出ますよね。投資家から見ると、10Xは今も昔もずっと人が足りていない(笑)。そこには、矢本さんの慎重な性格がよく出ていると思っています。
矢本:性格もそうですけど、Stailerの事業の性質もありますね。Stailerは契約後、ローンチするまでに一定の時間を要します。またローンチした後は、パートナー側の事業がしっかり伸びて黒字化して、さらにネットスーパーに投資される循環を作るのも重要です。事業を大きくするには、長い時間をかけなければいけません。つまり、ひとつのパートナーとは深く長く関わっていくんです。
とにかくロングタームな事業なので、お金の使い方も「長く戦える使い方」に重きを置くようになります。時間を買うとか、メンバーが長く働けるように制度や環境を整えるとか。
小売業界が好決算な理由と、10Xに与える影響は?
──矢本さん自身の性格と事業の性質が、慎重な経営や採用につながっているのですね。では、小売市場についても教えてください。最近国内の小売業界は、インフレの影響で「好決算が目立つ」と言われています。
矢本:今小売業界で決算が良いのは、いわゆる“大企業”です。その裏では、苦しんでいる会社もたくさんあり、状況は大きく二分しています。
そもそも、コロナ禍ではほぼすべての小売企業が元気でした。その理由は、ステイホームのためにまとめ買いをする人が増えたり、中食需要が増えたりしたから。市場規模自体が、約13兆円から約15兆円まで一気に増えました。
しかし、アフターコロナになって状況は二分しています。インフレに伴い単価を上げた企業は、好景気を保っている。一方、単価を据え置きにしている企業は、粗利が取れなくなった結果、利益率が下がり、厳しい状況に立たされています。
──小売業界をパートナーとする10Xは、この状況をどう見ているのでしょうか。
矢本:インフレに伴い単価をあげた企業は、値上げしてもお客さんが離れないと確認できて、ある種の“体力”をつけています。好景気で余った予算や体力を活かして、今後ネットスーパーに投資する可能性はありますよね。そこは、10Xにとって追い風になるかもしれない。一方で、厳しい状況に立たされている企業はネットスーパーなどの新しいことに投資するのは難しいはず。そう考えると、小売業界全体を見るとプラスでもマイナスでもないかもしれませんね。
同じ小売業界でも、企業によって大きく異なる状況を抱えている
──ちなみに、月に1度開催される10Xの株主定例会ではこういった、小売業界全体のお話もされるのでしょうか。
矢本:そういえばしないですね……ストイックに自社事業の話ばかりしています。原さんからは、「もっと時間をとって話しましょう」と言われるのですが、いつも息切れしちゃって(笑)。
原:今度はもっと長めに時間とって、事業の話以外も盛り込んでいく予定ですね!
ネットスーパーは、ビジネスとして成り立つのか?
──では、もう少しミクロなところ、10XやStailerの現在地にフォーカスした質問もさせてください。直球ですが、Stailerの事業状態は実際どうなのでしょうか。
矢本:Stailerの事業状態を語る上では「新規のパートナーを増やせているか」「流通額を増やせているか」「キャッシュフローに持続性があるか」の3つの観点があると思っています。
まずは、「新規のパートナーを増やせているか」。これについては、ネットスーパーを新しく始めるというよりも“置き換える”。再成長に向けたリブランディングやリブラッシュという形で順調に拡大できていると思っています。
「流通額を増やせているか」についても、順調に成長しています。我々が取り扱っている全パートナー、特にネットスーパーについては、半年でGMV(流通取引総額)が2倍、小規模な店舗だと5倍になったところも。正直にお話すると、今年の頭には「コロナの流行が収束することでネットスーパーの需要が落ち込み、Stailerも縮小していくんじゃないか」と懸念していました。でも、これまでの努力の積み重ねで払拭できたかな、と。同時にGMVの伸ばし方も分かってきたので、次に狙うべきところも見えてきましたね。
最後に、「キャッシュフローに持続性があるか」。ここ1年ほど会計管理をきちんと整備してきたことで、どうしたらキャッシュフローをポジティブにして、お金が減らない状態にできるか。また、プロジェクト別に採算を取るために、プライシングのモデルをどう変えていけばいいか、解像度が高くなってきました。今はそれを実行に移しているところです。ここから数年で、事業を伸ばしながら会社をサバイブさせられる、安定した状態を作りきりたいと考えています。
原:投資家としても、「10Xは順調に成長している」と言えますね。これは、ARR(Annual Recurring Revenue:年次経常収益)やGMVといった数値的な意味だけでなく、もっと先行的なところ……顧客理解、組織、プロダクト、セキュリティ、ファイナンスなどにおける「信頼度」についてもそうです。
例えば、ARRやGMVが伸びない月があると、「このまま成長が鈍化するんじゃないか」と不安な企業もあります。でも、10Xにはそれがない。また、投資家として10Xとは毎月お話していますが、小売業界やパートナーへの理解、プロダクトのクオリティや安全性、将来の展開、組織開発など、数字に現れない部分の解像度も話すたびに上がっているんです。
矢本:そういえば直前の株主定例で、「10Xの売上を上げるためには、小売さん側のピック&パック(注文が入った商品の回収と梱包)のキャパシティをあげる必要がある。そのためには、小売企業側で採用したパートの方が、職場に定着する仕組みを考えなければいけない。それが今の10Xの課題だ」という話をしました。確実に2年前より解像度はあがっていますね(笑)。
Stailerは、商品ピッキング・パッキングの効率を向上するべく改善を続けています
原:10Xのこういったところが、株主やパートナーの信頼につながっていると思うんですよね。しかも、ちゃんと数字も伸びていますから。
──ただ、「ネットスーパーは儲からないんじゃないか」と疑念を抱いている方も多いようです。
矢本:ネットスーパーが儲かるかどうかでいうと、黒字化しているネットスーパーはすでにいくつもあります。中には、店舗よりも利益を出しているケースも存在する。儲かるかどうかは、やり方次第です。Stailerを通じてベストプラクティスを蓄積しているところなので、今後どこまで広げられるかにかかっていると思っています。
僕らの事業は、小売の裏側のソフトウェアやプロフェッショナルサービスを提供して、ネットスーパーの立ち上げから成長までコミットしています。現在Stailerは、初期費用、保守運用に関わる月額固定費用、そして売上と連動したテイクレートという3つの料金体系でサービスを提供しています。
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Stailerのビジネスモデルってどうなってるの?10Xのファイナンス担当に聞いてみた | 株式会社10X
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https://10x.co.jp/blog/10xblog/stailer-business-model/
その中でも重視しているのが、テイクレートです。我々がプラットフォームを提供し、パートナー企業にはそれを使っていただく。そのフィーとして、テイクレートをいただいています。小売業界からすると、売上に応じて費用がかかるシステムは馴染みが薄いかもしれない。でも、10Xが今後生き延びられるかどうかは、プライシングのあり方にかかっています。今は、お互いの気持ちの良いポイントはどこかをすり合わせるように、プライシングのモデルを変化させながら着地点を探しているところです。
原:Stailerは、スイッチングコストがとても高いソフトウェアです。お試しで導入したり、簡単に辞めたりはできません。爆発的に伸びるものではありませんが、徐々に横に広がるタイプのサービスだと思っています。
──ところで、Stailer初期のパートナーだったイトーヨーカドーさんが、現在のパートナーリストから外れています。この点について不安に思う方々もいると思うのですが……。
矢本:突っ込みますね(笑)。イトーヨーカドーさんは今はStailerを使っていませんが、企業としての関係は良好です。ではなぜStailerをご利用いただけなくなったのか。
まず前提として、以前イトーヨーカドーさんに提供していたサービスは、現在のStailerで他のパートナーさんに提供しているサービスとは異なっていました。イトーヨーカドーさんの既存のWebサイトやネットスーパーのシステムは変えずに、その上から10Xがラッピングし、モバイルアプリとして動かせるようにする、サイトコントローラーという仕組みのもの。比較的手軽にアプリが作れるメリットがある一方、課題や問題が発生した際は、Webサイトやネットスーパーのシステム自体を変更しないと解決できない、というデメリットがありました。
今年の夏に、イトーヨーカドーさんがネットスーパーのシステム自体を大きく変える意思決定をされた。従来各店舗から出荷を行っていたところ、一つのセンターから出荷する形に切り替えるというものです。それは、これまでのシステムをラッピングしていたStailerを辞めることにもつながり、パートナー関係の解消となりました。
ある意味仕方なかったとはいえ、その時点でセンターシステムで動かせるネットスーパーの仕組みを僕たちが持っていれば、より良い提案が出来たかもしれない、という思いはあります。
資金調達なしで、数十ヶ月のランウェイを確保
──では10Xの採用についても聞かせてください。現在ソフトウェアエンジニアの採用を積極的に行っていると思いますが、その意図を教えていただけますか。
矢本:作りたいもの、そして拡張や改善したいものがたくさんあるからですね。Stailerはプロダクトの塊でできていて、現在開発チームはお買い物体験を扱う領域、配達をデジタル支援する領域、商品マスターを生成する領域など、5つに分かれて存在しています。それぞれの領域で十分に開発チームを組成しきれているかと言うと、まだまだなんです。
原:Stailerのお客さまは、プロのエンタープライズです。そのため、要求もすごくしっかりしている。それに答えるためには、エンジニアが必要です。そしてエンジニアがクオリティの高いものを作ってエンタープライズ側からの信頼が高まれば、さらに要求も高くなる。良いサイクルですが、常に人は足りません。
日本におけるソフトウェアは今後さらに面白くなり続ける領域だと思っています。なぜなら、僕たちコンシューマーは普段からたくさんのアプリやサービスを使っているので、それらに対する期待値はどんどん高まっていく。その一方で少子高齢化が進み、ITに対するリテラシーはなかなか高まらない。今の状態では、提供できるアプリやサービスとコンシューマーの期待にギャップが生まれ続けてしまいます。このギャップを埋めるためには、何かしらのソフトウェアが必要です。
Stailerも、そんなソフトウェアのひとつです。顧客の需要に答えるため、常に強化し続けなければいけない大変さはありますが、最前線で働ける面白さは格別だと思います。
──ありがとうございます。では、10Xの事業や財務の今について、現状言えることがあれば教えていただけますか。
矢本:10Xが最後にエクイティ(株主資本)で調達したのは、もう2年以上前のことですが、ここまではランウェイ(資本を残しながら企業経営を行うこと)をコントロールしながら経営を継続しています。
なぜランウェイを確保できているのかというと、まずは事業から営業キャッシュフローを生みつつ、ファイナンス面でもチャレンジをしています。例えば、2022年以降、7回にわたり融資や資本性ローン等を活用しながら10億円を超える借り入れを実施してきました。通常、スタートアップが銀行のドアをノックしても、借り入れにて資金調達をすること自体が難しい。その点僕たちは、3年前からいろんな金融機関と関係を作ってきました。
これらを組み合わせて事業とファイナンスの両面で長く戦うことを意識しつつ、ランウェイをコントロールしています。
原:こんなに長くランウェイがあり続けている会社は、珍しいと思います。前回資金調達を行ったときも、10X側は全くキャッシュに困っていなかった。必要なかったけど、投資させていただいたんです(笑)。
スタートアップには、よく調達する会社とほとんど調達しない会社があります。よく調達する会社ほど事業が成長しているように見えますが、その分キャッシュが不足していて、資金が不安定な可能性もある。一方で調達しない会社には、事業が苦しくて調達できない会社と、事業もキャッシュも安定していて調達が必要ない会社があります。後者の代表が10Xですね。
矢本:前回の調達は必要なタイミングでしたよ!(笑)あのとき調達しなければ、転がってくる岩に追われながら、PMFの坂道を下向きに走っていたと思います。そういう関係も含めて、株主に恵まれましたね。
──最後に、10Xが気になっている方に向けてメッセージをいただけますか?
矢本:10Xの組織サーベイのアンケートを取ると、常に特筆したスコアが出る項目があるんです。それは、「事業の公益性への共感」。ほぼ全メンバーが、Stailerは日本や社会に必要不可欠だと強く思っているんです。これがまさに10Xという会社の特徴だと思っていて。
例えばStailerによく来る要望の1つに、「目が不自由な方でも、注文できるようにしてほしい」というものがあります。でも、今のStailerはまだ対応できていません。これにどう取り組んでいくべきか、全社的な議論としてよく盛り上がっています。メンバー一丸となって、誰にとっても必要不可欠なインフラを作ろうと思っている。
10Xでは、社会に本当に必須なものを、事業として作れる稀有な機会があります。時間をかけてでもそこにチャレンジしてみたい方は、きっとフィットするはず。ぜひ一度、カジュアル面談にお越しいただけると嬉しいです。
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