新規事業での不確実性にエンジニアはどう立ち向かう?  ーStailer AI発注 リリース後1年の歩みと次なるチャレンジー

2026/8/25


10Xでは、小売現場向けAI・DXプラットフォームに進化した「Stailer」の新プロダクト第1弾として、2025年7月より「Stailer AI発注」を提供しています。(プレスリリース
従来、スーパーマーケットでの商品発注は販売実績や在庫状況、季節・イベントなど様々な要素を勘案する必要があり、ベテランスタッフの経験やノウハウに頼らざるを得ない業務でした。

Stailer AI発注は、そうした属人的な判断に必要なデータを統合し、AIが最適な発注内容を自動で提案することで、小売業の大幅な生産性向上を目指したプロダクトです。

今回は、ローンチから1年が経過したタイミングで、AI発注チームのメンバーに集まってもらいました。この1年の現在地とこれからについて、赤裸々にお話しします。

谷口 和輝

@Kazk1018

ファシリテーター/データサイエンティスト

サイバーエージェントにて広告プロダクトのデータ分析やアルゴリズム開発を経験したのち、機械学習の研究チームで推薦システムを担当。その後、スタートアップを経て2022年3月に入社。

喜多 啓介

@kitak

ソフトウェアエンジニア

ECサイト構築サービスやメッセージングアプリの周辺サービスの開発を経て、「人の生活に根ざした課題解決に向き合えるサービスに関わりたい」と思い、2019年4月に10Xに入社。Stailerの立ち上げから携わり、現在はAI発注チームに所属。SWEとしてバックエンド・Webアプリケーションを中心に開発・運用を担当しつつ、エンジニアリングマネージャーも務める。

片山 潮美

@sinamon129

ソフトウェアエンジニア

複数社で主にバックエンドエンジニアとして開発を行なった後、2022年11月に10Xに入社。セットアップチーム・店舗チームを経て、現在はAI発注チームのSWE。

「発注」という重い業務を、1チームで広く見る

谷口:まずは「AI発注ってそもそも何?」というところから話していきたいです。僕はチームの中ではデータサイエンティストとして、アルゴリズムまわりを担当しています。2人の担当業務から教えてもらえますか?

喜多:AI発注というプロダクトの開発と開発チームのエンジニアリングマネージャー(以後EMと表記)を担当しています。
プロダクトの性質上、今はバックエンドやデータを扱うところの比重が大きいです。モバイル側は直近は大きく手を入れてはいないですが、今後は現場からのフィードバックを踏まえて、より発注業務が効率的にできるように手を入れていく可能性があるかなと思っています。

谷口:このチームには専任のPdMはいないので、要件定義的な部分もエンジニア側でやっている側面がありますね。喜多さんはEMとしてはどんな業務がありますか?

喜多:そうですね。EMとしての仕事がはっきりと決まっているわけではないですが、チームが力を十分に出せるように開発の方針やチームの動き方を決める、という部分ですかね。

AI発注のプロダクトは代表の矢本さんがBizDev・PdMを担当しています。矢本さんをはじめ関係者みんなとコミュニケーションをとりながら、いつまでにこれをやる、というコミットをしたり、それに向けてボトルネックを見つけて取り除いたり、継続的に成果を出せるように必要な動きをする、というのが仕事としてあるかなと思います。

谷口:片山さんは何を担当しているんですか?

片山:開発をしてます(笑)。
チームの中で開発に100%のリソースを割いているのは私だけなんですよ。谷口さんも喜多さんもEMを兼任しているので、必然的に開発は広い範囲を担当することになっています。
このチームに来る前はネットスーパー側の開発チームにいたのですが、そのときとの違いで言うと、AI発注チームはエンジニア側から「こういう仕様にした方がいいんじゃないか」と提案することが多いです。

もちろんネットスーパーの開発でも一定あるんですが、AI発注はよりデータやアルゴリズムに近い話が多くて、どうしても開発しているメンバーにドメイン知識が溜まりやすい性質があります。なので仕様を決める叩き台なども開発側で作ることが多いかもしれないです。

谷口:ネットスーパーは今、お取引・売場・店舗の3チームのドメインに分かれていて、1つのプロダクトを複数チームで作っています。AI発注は1チームしかないので、1人あたりが持つドメインが必然的に広くなっているんですよね。

スピード重視のローンチと、データの壁

谷口:時期的には去年のリリース前に遡りますが、新規事業の立ち上げに伴う開発は結構大変でしたよね。当時はどのような状況でしたか?

喜多:最初はバッチ処理でファイルだけを提供する想定だったのが、モバイルアプリも込みで提供する方針に変わりましたよね。やはり新規事業だけにスピード感はありましたね。裏側のバッチ部分は早くから作り始めていて、モバイルアプリの方は得意なメンバーが一気に作ってくれた、という感じでした。

片山:データ周りが一番大変だった記憶があります。バックエンド自体はそこまで複雑な仕様ではなかったんですが、本番データの受領からリリースまでの期間が短かったり、データの加工が難しかったりして、難易度があがっていましたね。

谷口:発注は受け取るデータの量が圧倒的に多いですよね。ネットスーパーと比較したとき、AI発注は毎日確実に正しいデータを受け取らないと発注数の計算が成立しない。そこの重さは、ネットスーパー以上に実店舗の業務そのものを扱っている感覚がありました。

喜多:そうですね。会社の中の事業規模で見ればネットスーパーの方が大きいですが、扱っている業務の重さという意味では、最初から良い意味でプレッシャーがありましたね。

ローンチから1年、変わった「現場への解像度」

谷口:ローンチ時と今とで、一番変わったところはどこだと思いますか?

片山:AI発注チームの責務を広げて、データパイプラインの部分も一気通貫で見られるようになったのは大きいですね。リリース当初は、発注業務を止めないために守らなきゃいけない範囲の把握も甘かったし、どこでどんな問題が起きるかの解像度も荒かったです。今は逆に、「あれ、何もおきてないな」と心配になるくらいのレベルまで来ています。

谷口: 最初は既存のシステムから新システムへの置き換えを優先し、多くの商品は既存のアルゴリズムと大きく変わらないものを導入していたのですが、実際には、当初からすごく高い精度を期待してもらっていました。それにきちんと応えられるようになったのは、正直今年に入ってからだと思います。

片山:最初はモバイルアプリで発注できること自体が価値になっていたと思います。ただ本当の期待値として求められていたのは、以前に導入されていたソフトウェアよりも高い発注精度を出すことでした。本当に今年に入ったくらいのタイミングで、そこにようやく対処できるようになってきた感覚があります。

喜多:ローンチ時は、正直まだ当たり前のことができていなかったんですよね。データの仕様認識のズレで本来発注対象なのに発注できなかったり、あるいはその逆があったり。

それを一つずつ確実に潰していったものの、僕らが提案する発注数がどれくらいの精度なのかを測る物差しもなかったという状態でした。今年の春先くらいからダッシュボードが整ってきて、現場のフィードバックと合わせて、改善を積み重ねてプロダクトが良い方向に向かっている実感が持てるようになってきましたね。

過剰在庫の削減という、目に見える成果

谷口:最近のレポートでは、発注数への上書きがほとんどない、つまり信頼して使ってもらえているという結果が出てきています。これはこの1年の大きな進歩だと思っています。

喜多:これまではマイナスのフィードバックの方が目につきやすかったんですが、最近はポジティブなフィードバックが徐々に増えてきていて。これは大きな変化だと感じますね。

片山:発注勧告数に対するフィードバックもだいぶ減りました。ここ1ヶ月くらいはほとんど聞いていないと思います。それに、実はフィードバックが多かった頃も、「欠品をできるだけ回避できる在庫を保ちながら過剰在庫を減らせている」という状態を大半の商品では作れてきていたんですよね。

谷口:過剰在庫が減って、バックヤードに積み重なっていた在庫が目に見えて減ったというのは、結構大きなエピソードでした。僕が店舗を実際に見て回った時に、素人目にも在庫が減っているのが分かるレベルで。

喜多:チームとして常に課題を解いているので、どうしても未達の部分に目が向きがちなんですよね(笑)。優先順位をつけてひとつずつ取り組むしかないのですが、あれもこれも気になるし改善したい、という気持ちが大きくて。達成できている部分をきちんと喜べていないのかもしれない、という話もチーム内でしていました。

片山:職業病ですね(笑)

「今分かっていることだけで作る」という動き方

谷口:業務での複雑なニーズや商品や発注ごとの固有の事情が全て明らかになっているわけではないという状況下で品質の高いものを作る、というのは開発観点だとすごく難しいと思います。何か工夫していることはありますか?

喜多:極力、必要ではないものを作らないように気をつけています。目の前の問題を解決するだけでは不十分だけど「これも必要になるのではないか」と推測しすぎて、結果として制約の強いものを作ってしまい、将来の選択肢を狭めてしまうことを懸念しています。まだパートナーが1社目の段階なので、そこが難しいですね。

なので重要なところを見極めて、必要十分なものを繰り返し作りながら、抽象を積み重ねていきたいと考えたいと思っています。とはいえ、最悪は作り直す、大きく再設計するというのは仕方ない部分もあると捉えています。そのために、捨てやすく、作り直しやすい造りを意識するようにしていますね。

片山:そうですね。今の段階ではあんまり汎用的にしすぎない、いらなくなったらちゃんと捨てる、というのは同じく意識しています。

谷口:僕は「今分かっていることだけで作る」というのを意識しています。
目の前に出てきた分かりやすい問題に安直に飛びつかない、というのはネットスーパーの開発とも近い部分があるかもしれません。BtoBのプロダクトなので、パートナー企業からの要望だと改善するインセンティブがどうしても働きます。その中で、そこの見極めがビジネス的にも難しいところだと思っています。

チームのコミュニケーションとオーナーシップ

谷口:せっかくのインタビューなので、AI発注チームのカルチャーや働き方についても聞いておきたいです。EMとして意識していることやチームに求めていることはありますか?

喜多:まず誰かが叩き台を持ってきて、それをベースにみんなで会話をしながら方向性を決めていく、というのは文化として出来つつありますね。
あとは、開発の立ち上がりの段階とか不確実性の高い状況のときにはより意識して同期的なコミュニケーションをするようにしています。

谷口:確かにそうですね。僕らのアルゴリズムやデータ、システムの部分はそれぞれ高い水準が求められるスペシャリスト的な仕事です。なので、コミュニケーションを密に取らないと良いものが作りにくい。これはこの1年を通して形成された文化であり、不確実性への対処でもあると思います。

片山:データパイプラインが整理された後くらいから、エピックごとに担当を決めるようになったんですよね。担当を決めて、その人が叩き台を作って開発の最後まで責任を持つというのは、ソフトウェアエンジニアの責務としては広めだと思います。専任のPdMが常にいるとしたら、PdMの業務範囲になるかもしれません。

ただ、自分で提案して物事を進められるというのは、シンプルにやりがいや面白さにつながっていると思います。ネットスーパー側の開発チームにいた頃は「次はこれをやりましょう」という方針がある程度決まっていることが多かったんですが、AI発注チームでは、矢本さんが持ってくる案をひっくり返すこともある。意思決定に近いところで仕事ができる感覚がありますね。

喜多:あと、コーディングエージェントが出てきて、設計により力を割ける余力が生まれてきた感覚はあります。

片山:確かに。レビューで指摘をうけた時、昔だったらすぐには修正に手をつけられないこともありました。でもコーディングエージェントがあるとその場でパッと直しきってから出せる。それが品質面でも良い方向に作用しているところがあると思います。

谷口:僕らは解き方の話よりも課題の話をしている時間の方が長いかもしれないですね。そしてその大半はドメイン知識やファクトに基づいた話じゃないと成立しない。だからみんな自分で分析したり、実際に店舗に足を運んだり、ヒアリングに同席したりしています。
それを面白いと思える人にとっては、すごく良い環境だと思いますね。

これからの不確実性にどう向き合うか

谷口:最後に、「AI発注のこれから」について話していければと思います。ローンチからの1年でだいぶ変化がありましたが、この先はどんなところが面白みになりそうですかね。

喜多:話してきた通り、現在地としては今向き合っているパートナーに対してプロダクトが動いて、うまく回り始めた、という状態です。
これ自体はポジティブなことなんですが、日本国内には一定以上のGMV(流通取引総額)を持つ小売企業が200社以上あります。そして各社で同じオペレーションをしているところはまずない。なので、今作っているプロダクトが世の中の小売にどれくらい当てはまるのか、というのが今一番高い不確実性だと認識しています。

片山:パートナー展開が進んだときに、個社対応と標準化のバランスをどう取るかという難しさは、10Xがネットスーパーでも経験した難しさですね。ネットスーパーのときも、3〜4社くらいやってみて初めて抽象化ができるようになったんじゃないかなと思っています。
これから複数社に展開していく中で、切り離しやすい設計を維持しながら、スタンスを確立していくのがこれからの本当の難しさだと思っています。

谷口:アルゴリズムの観点でも、自動発注で推奨する発注数の採用率という指標はすでに高い水準にあります。ただここから残りの数%、あとは例えば特売や目玉商品のような型に嵌らないケースをどこまでモデル化できるかは、今後大きな不確実性になってくると思っています。ドメインモデリングと機械学習、両方の意味でのモデリングが求められる部分ですね。

こうした「まだ輪郭がはっきり見えていないものを、現場のドメイン知識と向き合いながら形にしていく」というプロセスが難しさでもあり楽しさでもあります。これからAI発注チームに関わる人にとっても、ここがやりがいや面白さにつながっていくのではないかと思います。

片山:改めて話してみて、私たちはローンチ後もドメイン知識を吸収しながら地道に現場の課題と向き合ってきたなと感じました。

喜多:そうですね。データが来ない、仕様の認識がずれている、そういう一つひとつを丁寧に潰していった先に、ようやく信頼してもらえる発注数が作れるようになる。世に言う「AI」というキーワードで連想されるような派手さはないです。ただ確実に前に進んできましたよね。

片山:しかも、これから複数のパートナーに広げていくフェーズに入ると、また新しい不確実性が出てきます。まだ誰も答えを持っていない問題を、自分たちで解いていく面白さがある仕事だと思います。

喜多:課題そのものに興味を持って、泥臭く検証を積み重ねながら課題を解くことを楽しめる人にとっては、すごく魅力ある環境だと思います。もし魅力を感じてくれる方がいれば、ぜひ応募いただきたいです!
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